生稲晃子は、1986年6月に
おニャン子クラブの
会員番号40番としてデビュー。10月、
渡辺満里奈のデビュー曲『
深呼吸して』で
工藤静香と共に「with
おニャン子クラブ」としてバックコーラスで参加。11月、
おニャン子クラブの6枚目のシングル『
恋はくえすちょん』で、フロント4人の中に入る。12月、ローソンのからあげクンのCMに単独で出演、自身の歌う『
ハートに募金を』(アルバム『SIDE LINE』収録)が流れる。
1987年5月、
工藤静香、
斉藤満喜子と共に「
うしろ髪ひかれ隊」のメンバーになり、アニメ『ハイスクール!奇面組』の主題歌『
時の河を越えて』でユニットデビュー。9月のおニャン子クラブ解散後も、グループで活動する。
1988年4月をもって「
うしろ髪ひかれ隊」の活動が休止となり、5月に『
麦わらでダンス』(フジテレビ系放映アニメ『ついでにとんちんかん』主題歌)でソロデビュー。
生稲晃子 シングル
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麦わらでダンス/夢に逢いたい(1988年5月21日)
Virgin少年に接吻を/Shadow Of Palm Tree(1988年9月21日)
ファンファーレが聴こえる/わたしだけのリバティー(1989年1月25日)
Japanese Girl/夕映えの橋(1989年5月24日)
忘れたいのに/朝露の瞳(1989年9月27日)
日曜日はいらない/ 海になりたい(1990年3月7日)
LUNA Great/ルナ・バルガー走る!(1991年2月21日)
ファンキーララバイ/ファンキーララバイ-Long Version(1995年6月10日)
【生稲晃子】
おニャン子加入→渡辺満里奈の「深呼吸して」でバックコーラス→
「恋はくえすちょん」でフロント→からあげクンのCM→うしろ髪ひかれ隊→ソロデビュー
とかなり順調でしたね。
フォント「イクール」も世に出しました。
生稲晃子を「最後のおニャン子」という人もいたりします。
もちろん「最後」は鈴木和佳子です。
ですがNo.41以降、つまり「ミス・セブンティーンコンテスト」とタイアップしたあたりから
かなり迷走(というか終わりかけ)した感じがするのは否めません。
ミス・セブンティーンコンテスト自体も、次年度より10年少々ブランクが空きましたが。
しかし、順調だった生稲晃子も、楽曲の方向性が定まらなかったのは残念でした。
ついでに、ひとつ前のNo.39高畠真紀についても。
もしおニャン子クラブが昭和40年代のグループだったら、間違いなく一番人気は高畠真紀でしょう。
それくらい昭和の香りのする美人だったと記憶しています。
フライトアテンダントになったというのも納得。