新田恵利は1985年4月、
おニャン子クラブ会員番号4番としてフジテレビ『
夕やけニャンニャン』に出演。7月、
おニャン子クラブのデビュー曲『
セーラー服を脱がさないで』でフロントメンバーに選ばれ、以降
おニャン子クラブの「顔」として人気を博す。1986年1月1日、シングル『
冬のオペラグラス』でソロデビュー。オリコン初登場1位となり、30万枚以上の売り上げを記録する。
新田恵利 シングル
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冬のオペラグラス/ロマンスは偶然のしわざ(1986年1月1日)
恋のロープをほどかないで/ピンクのリポン(1986年4月10日)
不思議な手品のように/星の手紙(1986年8月1日)
内緒で浪漫映画/銀色のスーベニール(1986年11月14日)
若草の招待状/夕日と風とメロディ(1987年2月14日)
サーカス・ロマンス/パナマのシャポー(1987年6月17日)
Deja Vu〜デジャ・ヴ〜/茅ヶ崎に背を向けて(1987年9月5日)
WHO?/彼をあきらめて(1988年1月21日)
ロックンロールラブレター/夏の恋風(1988年7月21日)
さよならの風/メビウスの二人(1988年11月21日)
プロローグ〜いいだせなくて〜/真冬のペニーレーン(1990年2月21日)
真夏のアルバイト
【新田恵利】
おニャン子クラブが「素人っぽさ」を売りにするグループだとすれば、
やはり「新田恵利=おニャン子」「おニャン子=新田恵利」ということになると思うんです。
初期は国生さゆりや河合その子も人気がありましたが、彼女たち「ソニー」の女の子は
ある意味ではおニャン子加入時には既に「プロ」なんです。
大げさに言うならば、新田恵利が支持されたことで、おニャン子自体が成功へと導かれたんでしょう。
ですが、アイドルという視点で見た場合は物足りなさを感じるのも事実です。
何といっても、歌唱力が著しく不足していました。
しかしながら楽曲には恵まれていたと言えるんではないでしょうか。
シングルであれば、3曲目までのヒット曲を除けば、8枚目の「WHO?」、
それ以外なら、2ndアルバム「E-AREA」に収録されている「真夏の滑走路」あたりは
おそらく知名度こそ低いでしょうが、聴いてみる価値は有りです。
そういえば「ちょうちん」という映画にも出ていましたね。
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